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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)691号 決定 1975年9月25日

抗告人

新聞之新聞社労働組合

右代表者

油井幸雄

右代理人

丸井英弘

外一名

相手方

株式会社新聞之新聞社

右代表者

式正大

右代理人

平岩新吾

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及びその理由は別紙(一)に記載したとおりであり、相手方の主張は別紙(二)に記載したとおりである。

二当裁判所の判断

(1)  被保全権利の存否

抗告人は、憲法二八条及び労働組合法七条二号により、労働者は使用者が正当な理由なく団体交渉の申入れを拒否した場合は使用者に対し具体的団体交渉請求権を取得するものというべきところ、相手方は正当な理由なく抗告人らの団体交渉の申入れを拒否しているものであるから、抗告人は具体的団体交渉請求権を取得した、と主張(申請の理由の要旨4)する。

憲法二八条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利はこれを保障する。」と規定し、ここにいう「勤労者が団体交渉をする権利」とは、労働者が労働組合その他の自主的な団体を通じて労働条件その他労働者の経済的地位の向上について使用者と対等の立場に立つて交渉する権利であるが、この団体交渉権は、団結権及び争議権とあわせていわゆる労働三権として同法条により保障された労働者の基本権であることから、国と労働者との関係において国がこれら権利を不当に侵害してはならないという意味において労働者の単なる自由権として保障したにすぎないものではなく、使用者に対する関係においても尊重されるべきことが労使間の公の秩序であるとしてこれを保障したものと解される。したがつて、労働者の団体交渉権を不当に侵害する行為は、それ自体違法であり、損害賠償責任を生ぜしめるほか、法律行為においてはその努力を否定するにいたらしめるというべきである。しかしだからといつてこのことから直ちに憲法二八条の規定は、これによつて労使間の団体交渉に関する具体的な権利義務を設定したものであると解することはできない。

けだし、労働組合法は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止し(七条二号)、この不当労働行為に対しては、労働委員会が使用者に対し団体交渉に応ずべきことを命ずることによりその救済が与えられ(二七条)、この救済命令を履行しない使用者に対しては刑罰又は過料の制裁が課せられる(二八条、三二条)ものとしているから同法七条二号の規定は、これより使用者は団体交渉を不当に拒否をしてはならないという公法上の義務を負うものとしているとはいうことができても抗告人が主張するような団体交渉権という私法上の権利を直接規定している実定法が存在しないのみならず、仮りにそのような権利を認め団体交渉の不当な拒否に対して、労働委員会による救済とは別途に、直接に裁判上の本案請求又は仮処分申請により団体交渉の拒否禁止又は応諾を求めうるものとしても、憲法上保障される私権としての団体交渉権の権利性を現行法上どう把握し、いわゆる団体交渉請求権なるものに対応すべき使用者の債務の給付内容をどのように特定するか、そして団体交渉の履行を法律上強制することの能否並びにその履行を裁判上強制してみたところではたして実効性を確保しうるかなど多くの困難な実践的解釈上の問題を生じ、到底憲法二八条ないし労働組合法七条が現行法上私法的な団体交渉請求権なるものを認めているとは解し難い。したがつて、相手方が抗告人との団体交渉を不当に拒否していると仮定してみても、そのことから労働組合法七条二号に基づく行政救済申立権が発生すること以上に、これにより使用者に対し交渉に誠意をもつて応ずべき旨の作為を求める私法上の債権、すなわち具体的団体交渉請求権を取得したものとして直ちに相手方が抗告人に対して団体交渉に応ずべき私法上の義務が発生する筋合いではないといわなければならない。

以上説示したところにより抗告人の本件仮処分申請は、その被保全権利が存在しないものであるから、そのほかの申請の理由について判断するまでもなく、不適法として却下を免がれない。

(2)  すると、抗告人の本件仮処分の申請を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のように決定する。

(菅野啓蔵 館忠彦 安井章)

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